元来、私は腰が丈夫で、腰痛にならない自信があったほうです。高校時代は陸上部に所属し、会社に入ってからも軟式野球やソフトボールのチームに入って運動していたのです。ソフトボールは腰が痛くなる直前までやっていました。
私が腰の痛みを初めて感じたのは、平成9年の10月のことでした。それまで私の仕事はデスクワークだったのですが、定年になって嘱託で働くようになってから、ときどき鋼材を運ぶ仕事をするようになったのです。ある日、資材置き場で30kgほどの鋼材を持ち上げたとき、腰の左側に激痛が走りました。
それで、整形外科に行くと、「スポーツのやりすぎで股関節がすり減って、軟骨を押している」といわれ、座骨神経痛の診断を受けました。それから1年半ほど、そこで週1回マッサージを受けたり、近くの温泉に週2、3回通って腰を温めたりしたのです。
しかし、痛みがほとんどないときもあるのですが、ときどき強い痛みが出てかんばしくないので、別の整形外科にかかるようになりました。ここでは温湿布や牽引、痛み止めの薬の服用をし、一時的には症状が緩和されました。しかし牽引で1時間もすると、また元に戻ってしまうし、電車に乗っているだけで腰の左側と左足の太ももの裏側などがズキズキ痛んでとにかく苦しい。痛いときは我慢ができないほどで、痛みのあまり冷や汗をかきながら電車の中でしゃがみこんでしまったこともあります。左足は親指の先まで電気が流れているようにピリピリとしびれ、5分も歩くとももの前後が痛くて、ちょっと歩いては立ち止まり、痛みが引いてはまた歩くといった調子でした。
それで、以前から知っていたT・F先生に相談すると、「その症状はヘルニアでしょう」と指摘され、丸茂ドクターを紹介していただいたんです。私としては、わらにもすがる思いで、何とか痛みを止めてほしいと期待して丸茂ドクターのもとに行ったのです。診断の結果、2カ所にヘルニアがあることがわかり、うち1カ所はヘルニアといっても出はじめた程度で、そちらは問題ないということ。そこで、第4椎骨と第5椎骨の間のヘルニアをPLDD治療で取ることになりました。
手術室に入って出るまで15分ぐらいだったと思います。手術で軟骨を焼くときに、親指に痛みが抜けるようなショックがあったのですが、丸茂ドクターによると「それでいいんです。そうならないといい結果は出ないんです」ということでした。手術後は痛みもなにもなくて、3時間気持ちよく寝入っていました。それから1週間分の痛み止めなどの薬をもらって、すぐに帰ってきました。
丸茂ドクターからは「3ヶ月ぐらいは多少の痛みがありますよ。軟骨を焼いた傷がありますから、それが治るまで3ヶ月かかるんですよ」との注意がありました。実際、そのとおりでしたが、その後は軽い痛みさえなくなりました。仕事は手術の翌日からやっています。デスクワーク中心で、重いものを持つようになったのは2ヶ月ほどしてからです。手術の1ヶ月後のMRI検査でも、ヘルニアが治っていることが確認されました。軽い運動も許可がでてジョギングを開始しました。 |